2007 サッカー日本代表の軽い総括

そろそろ書かなきゃヤバイ。もう1ヶ月近く書いてない。これ以上経つともう書かなくなる。
最近は仕事に玉撞きに忙しくて、書く暇がないというかめんどくさがっているというか・・・

という事で、今年もあと2週間。サッカーの今年の総括をしてみたいと。
まずはサッカー日本代表の今年の1年を振り返ってみようかと。
今年の日本代表、大きく3つの出来事があったと自分では思う。



①海外組〝初〟合流
順を追って振り返ってみると、今年の3月のペルー戦で初めてオシムジャパンに海外組の
俊輔と高原が呼ばれた。オシムの掲げる〝走って考えるサッカー〟に海外組が加わって
どのように機能するか楽しみだったし、実際2-0で勝利して可能性というか楽しみや期待が
大きくなった試合だった。オシムの指すベクトルに乗って進んでいけば、自分が見たかった
サッカーが見れると感じた。
その後もキリンカップなどでも俊輔・高原は呼ばれ軸となって攻撃を中心にバリエーションが
増え、その2人がいなくても3トップを試みたりチーム全体として幅ができていってるように
自分は感じた。


②アジア杯 サウジの壁
夏のアジア杯。高温多湿のベトナムでボールを動かして相手を動かせるサッカーを実践した。
ボールは回っていたし相手を走らせるという意味では、気象条件などを考えれば利にかなった
サッカーをしていたと思う。ただ攻め手がなかっと言えばそういう風に見えなくもなかっった。
ただオーストラリア戦でもW杯のリベンジを果たしたわけだし、サウジ戦とだれた感のある
韓国戦を除けば妥協点の大会だったと思う。
本戦で負けたサウジ戦は、個人技の差がもろに出た試合。FWの決定力、スピードにやら
れた。中東のカウンター狙いの縦に早い攻撃に対しての攻守の切替えを早くしていかないと
W杯の予選でも同じ轍を踏む事になる可能性が十分にあるので、いい経験になったと思う。


③オシム、倒れる
急なニュースだった。今年最後のエジプト戦をこなして12月に合宿を行なうという前にまさか
の脳梗塞。就任して1年と4ヶ月、これから日本代表の目標・大本命のW杯予選が始まると
いう時の悲しいニュース。最悪の結果は避けられた事が不幸中の幸いだったけど、日本の
サッカーが失った物はとても大きいと思う。ドイツで足りなかった〝走る事〟をそのまま
基本コンセプトにして、尚且つ考えながら走って、ケースバイケースで4バックと3バックを
使いこなすなどの柔軟性を持ち合わせたサッカーは、日本の代名詞に成り得るんじゃないかと
思うようなサッカー哲学だった。
オシムが残したベクトルは決して間違いではなかったし、日本サッカーの未来が見えたのは
確かなので、岡田新監督の下、そのサッカーをどこまで継承してどこまで飛躍させる事が
出来るか、ここに注目していきたい。

岡田監督のサッカーは前からのプレッシングを基本にした守備重視。そうなった時にオシムが
目指してよく言っていた攻撃のエレガントさがどこまで残って成長していくが心配ではある。
急な事で大きくチームをいじれない事情があるので、オシムの時から大きくメンバーは変わ
っていない。その上で、どこまでオシムのサッカーが残るのか心配しつつ見ていきたいと思う。

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