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zoom RSS プロレス回想記A 〜老舗団体同士の対抗戦〜

<<   作成日時 : 2007/02/22 00:23   >>

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昨日の続きで、大学生の頃の第二次プロレスブーム

この頃はK-1・PRIDEが爆発的に人気になってきた頃で、あきらかにプロレスの人気は
落ちていった。確かにK-1・PRIDEは真剣勝負で面白かったし、フジテレビの番組の作り方も
上手かったと思う。選手の特性を活かしてキャッチコピーみたいなのをつけて選手の認知度を
上げ、視聴者が興味を持つようにしていた。そういった効果もあってK-1・PRIDEブームにオレも
乗って見てたしハマっていた。

大学でも自然とその話になって盛り上がっていた時に色々な格闘技の話になり、
実はプロレスが好きってヤツが案外多かったことに気が付いた。高校時代はプロレスの
話をする相手がいなかったという理由で離れていたけど、話が盛り上がる相手がいるならと
また見始めた。

この頃のプロレスの大きな事件はなんと言っても、全日本プロレスから三沢を始めほとんどの
選手が離脱して新しい団体、プロレスリング・ノア≠立ち上げた事。
全日は好きな団体だったし最初は『何でだ?』って感じだったけど、三沢は好きな選手だった
ので、その三沢がやった事にそんなに違和感はなかった。
(でも川田が残った事で、四天王が揃わなくなったのは残念だった)

旗揚げ戦の三沢・田上VS小橋・秋山は、秋山が1本目を三沢から、二本目を田上からとって
次の日の試合では小橋を破り秋山の価値を高めて、ノアは秋山を川田の代わりにしていく
んだなと思った。その後、新日との永田と合流したりノアの先頭に立って盛り上げていたと
思う。


同じ頃、新日蝶野を中心としたnWo Japanのが終わりかけてい時かな。
武藤がnWoに加入して蝶野が離脱、その間に武藤が乗っ取る形で蝶野を追い出し、
その蝶野が新しくTEAM2000を作った。そして新日マットでの主導権争いの戦い、
nWoとT2000の頂上決戦で武藤VS蝶野が戦い蝶野が勝利してまた蝶野が新日の
ど真ん中に戻ってきていた。

まぁこの頃の新日といえば、何はともかく全日との対抗戦。三沢がいる頃に見たかったけど
今まで交わる事がなかった、この2つの団体が対抗戦をやるという事でかなり盛り上がった。
S・ウィリアムスVSノートン渕・越中VS蝶野、S・マシン、そしてメインが川田VS健介
そしてその後、川田・健介の再戦、渕VSエル・サムライ、太陽ケアの参戦の面白かった。

全日の厳しい事情に坂口憲二の父親・坂口征二が手を差し伸べたという噂もあるけど
完全にこの全日と新日の抗争はK-1・PRIDEの人気に対抗する切り札だったと。
確かにプロレスファンは熱狂したけど、K-1・PRIDEの人気は強くファン拡大までとは
いかなかったと思う。

でも久しぶりにプロレスがわかる仲間と盛り上がる事が出来たし、かなり楽しい時期だった。

その後、卒業とともにみんなが別々の道に進み、会社に入ってまたプロレス好きに見放され
冬の時機到来。そして4年のブランクの後、第三次ブーム到来・・・続く。。





                                    ってか、酷いなこのブログ・・・


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ドラゴンゲートはプロレスの団体
ドラゴンゲートとはプロレスの団体である。兵庫県神戸市が本拠です。ドラゲーなどの略称がある。2004年に闘龍門JAPANから名前を変えました。 ...続きを見る
ドラゴンゲート
2007/02/24 17:18

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